歳を重ねると、どうしても身体を動かしにくくなります。
たとえば、「階段を上るのが辛い」「段差に足を取られる」など、日頃の生活に支障がでてしまうこともあるでしょう。
若い世代には鬼が笑う話ですが、40代~50代になり、定年の声が聞こえてくると、「今の家に、そのまま住んでいても大丈夫だろうか?」と不安になるのは当然です。
また、家族に高齢者がいる場合も、「元気なうちに自宅の内装や設備、間取りの見直したほうがいいだろうか」と考えると思います。
そこで必要になるのが、老後の暮らしを安全かつ快適にするための「介護リフォーム」です。
しかし、「介護といえば階段の手すりが必須」「家の中の段差をゼロにする」など、先走ったリフォームをしてしまうと、せっかくの設備や費用が無駄になってしまうケースもあります。
後から後悔しないためにも、介護リフォームをする前に、対策をたてておくのがおすすめです。
失敗例を参考にしながら、シニア世代だけでなく、家族みんなが楽しく暮らせる家にリフォームしましょう。
老後の暮らしを快適にする「介護リフォーム」とは?
「介護リフォーム」とは、介護の必要な人が、自宅(戸建て・マンションなど)で安全かつ安心に暮らせるように、室内の危険や不便を解消する各種改修工事(リフォーム)のことです。
介護リフォームを行う場所としては、「トイレ」「浴室」「階段」「廊下」が一般的ですが、要介護認定の度合いによっては「玄関」や「室内のドア」などを改修するケースもあります。
ここで大切なのは、介護を受ける人だけでなく、介護をする人に負担がかからないようにすることです。
たとえば車いすを動かすには、それなりの体力が必要ですし、要介護者に気を遣うことも多くなりますから、精神的な負荷も増えます。
介護者の心身疲労を軽減するために、介護リフォームは要介護者の状態、家族状況に合わせ、適切に行われることが求められています。
ただ、老朽化など、建物や内装の目に見える劣化を回復・改良する通常のリフォームとは異なり、住まいの性能や環境をより向上させるという意味では、「リノベーション」に近いかもしれません。
リフォームする場所が多ければ、比例して予算も増えますから、「元気なうちに、とにかくに早く工事をしておかなくては」とリフォームを進めてしまうと、費用が無駄になる、負担が増えることも考えられるため注意が必要だといえます。
「介護リフォーム」で行われる基本的な工事、工事個所
「介護リフォーム」は、近年、進められている「バリアフリー」の一貫です。
これは、高齢者・障害者の方たちが直面する、様ざまな障壁(バリア)を除去(フリー)し、安心かつ安全な生活ができるようにする施策をいいます。
基本的に「物理的なバリア」「制度的なバリア」「文化情報面のバリア」「意識上のバリア」の4つのバリアがあるといわれ、最近はすべての人に適応されるケースも増え、対象は広がっています。
以下は「介護リフォーム」の主な工事と工事個所です。
段差の解消
高齢者の転倒事故の約半数は、自宅で発生しています(消費者庁・令和2年発表)。
さらに転倒した人の8割以上が通院や入院が必要なけがを負っていたそうです。
その原因の多くは室内や玄関などの段差。
これを解消するために、敷居を低くする、スロープの設置などを行ないます。
手すりの設置
大けがに直結する転倒事故を防ぐために、足元に不安を感じるようなら、つかまり立ち、室内移動が容易にできるような手すりを設置します。
ドアの変更
高齢者の方にとって、体の前後移動が大きくなるため、通常の「開き戸」は開け閉めが大変です。そこで、開閉スペースが小さく、立ったままほとんど体を動かさずに開閉可能な「折り戸」や「引き戸」といった、負担が少なく使い勝手のよい扉に変更します。
廊下や玄関口などの拡張
手すりの設置、車いすでの移動に供え、十分な幅を確保することを目的に、廊下の幅、玄関口の幅を広げる工事を行います。
床材の変更
室内の床材を見直し、滑りにくく、汚れや衝撃に強く、また可能であれば、車イスでの移動にも耐えられるような建材に変更します。
主な施工箇所
上記で紹介した工事は、廊下や玄関、居室はもとより、トイレや浴室、キッチン、階段といった、屋内のあらゆる場所に施すことが考えられます。
個々の施設の状況、利用する高齢者の状態などを踏まえて、適切な施工を行うことが大切です。
なお、改装の程度や施工方法、取り付け場所によって、かかる費用は異なることも念頭に置いておきましょう。
これだけは避けたい「介護リフォームの失敗例5」
「老後の安心した暮らしに役立つ」介護リフォームをしたつもりが、ふたを開けたら「こんなはずじゃなかった……」という声は少なくありません。
そこで、介護リフォームを行う際、陥りやすい失敗を調べてみました。
失敗例1「家族が元気なうちにと、費用をかけて床をバリアフリーにしたら……」
最近は老齢の家族や自分の将来を考えて、早めのリフォームを実施する傾向が少なくありません。
200万円もあれば、老人ホームへの入居金に充填できたと考えられます。
老後の心配はわかりますが、このような事例もあるので、まずは家の滑りやすい場所や危険な段差のみをリフォームするのがおすすめです。
失敗例2「転倒防止の手すりをつけたら、車いす生活になり……」
こちらも「介護を見据えたリフォーム」が仇になってしまったケースです。
手すりは大がかりな工事でなければ、1日~数日程度で設置できます。
身体の状態の変化は、個人によって異なります。
現時点で使用しない介護設備はかえって邪魔になるため、優先順位をよく考えて施工することが大切です。
失敗例3「リフォームが家全体になり、工期が延びたため、高齢の家族が転倒……」
工事内容にも左右されますが、リフォームには時間とお金がかかるもの。
確かにまとめて発注すれば、工期の短縮や費用の節約が期待できることもあるでしょう。
ただ、最優先されるのは、高齢者や要介護者です。
別箇所のリフォームのせいで工期が遅れ、不自由な生活が続くことのないようにしてください。
失敗例4「手すりの高さや太さが合わない」
介護リフォームで多いのは、廊下はもちろん、玄関、階段、トイレ、浴室ほか、様ざまな場所で利用される「手すり」の設置。
将来を見越して早めに着手したのはよいのですが、元気な時の体躯で施工すると、実際に使う時、サイズが合わないこともあるので注意が必要です。
また、トイレに手すりを付けたことで、後から車いすが入らなくなってしまう、室内が狭くなって介護者に負担がかかるケースもよく耳にします。
失敗例5「バリアフリーが老化につながってしまった……」
バリアフリー化によって、それまで普通に日常生活していた高齢者の足が萎えてしまうことは少なくないようです。
特に近年、新型コロナウイルスで家にこもることも多く、若い人でも運動不足で足腰が弱るといいますから、お年寄りはなおさらだといえます。
自分で歩くことができるのであれば、性急なバリアフリー化は避けた方がいいでしょう。
介護リフォームを無駄にしない「事前対策方法3選」
前出の通り、「とりあえず」でスタートした、無計画な介護リフォームは、後々負担になることも少なくありません。
せっかく費用をかけたのに無用の長物になってしまわないよう、失敗例を踏まえた上で、事前対策をしていきましょう。
事前対策方法1「本当に必要なリフォームをチェックアップ」
介護リフォーム失敗の多くは「先走り」です。
そこでおすすめしたいのが、介護リフォーム必要度チェック。
高齢者や要介護者にとって「使用が楽になるか」「移動しやすいか否か」「転倒が防止できるか」といった視点から、リビング、トイレ、キッチン、浴室、廊下ほか、屋内の各場所における、個々の状態を調べていきます。
この時、「廊下の床が滑りやすいようだ」「浴室の段差が気になる」といった点をまとめていくと、リフォームが必要な場所、その内容が具体的に見えて来るでしょう。
ただし、まだ介護が必要ではなく、「日常生活が自分でできる」状況なら、リフォームは時期尚早の可能性があります。
先述のように、便利過ぎるリフォームは老化を招く原因になりかねないので、見切り発車は避けるようにしてください。
事前対策方法2「照明機器の見直し、通報装置などの設置」
介護リフォームといえば、まず、手すりやスロープの設置が頭に浮かびますが、生活家電を見直すことも大切です。
年齢と共に老化するのは足腰だけではありません。
たとえば視覚機能も低下しますから、足元が見えににくくなることで生じる躓きや転倒を防止するため、照明を増やし、部屋を明るくするのもリフォームのひとつだといえます。
また、緊急事態に備えて、トイレや浴室などに通報装置を設置するのも安心につながります。
この頃は、スマートフォンを器用に使えるお年寄りが増えているとはいえ、ボタン一つで通報可能な通報装置の方が、特に家人が留守にしている時など、迅速に異変を知らせることが可能です。
高齢者の緊急通報サービスを扱うホームセキュリティ会社は多くなっていますから、空き巣や不審者への対策と併せて設置することもできます。
このようなリフォームは、要介護に関係なく進められますので、最初に着手しておくのもおすすめだといえます。
事前対策方法3「介護リフォームができるかどうかの確認」
持ち家なら問題はありませんが、「賃貸住宅」で介護リフォームは可能なのでしょうか?、答えは「可能」です。
ただ、住宅改修をする場合は、大家(オーナー・住宅所有者)さんとの交渉が必要になります。
大家さんから許可が出れば、※介護保険を用いた介護リフォームをすることができますが、持ち家とは異なり、条件がつく場合も多いようです。
注意したいのは、あくまで賃貸物件ですから、退去することになった時に「原状回復」を求められるケースもあります。
基本的に原状回復の費用は敷金から出しますが、不足の場合は自己負担しなくてはなりません。
これについては介護保険給付の対象外です。
※介護リフォームと介護保険
介護リフォームを行う際、介護保険を利用すると上限20万円までの工事に対して補助金が支給されます。
支給条件をクリアすれば、「手すりの取り付け」「段差の解消」「床材または通路面の材料の変更」「引き戸などの扉の取り替え」「洋式便器などへの便器の取り替え」「以上の改修に伴い必要になる工事(下地工事、給排水設備工事など)」に適用されます。
なお、市区町村などでも、介護リフォームの補助事業を行っています。支給条件や支給額、工事の種類などは各自治体・補助事業によって異なるため、それぞれ問い合わせが必要になります。
また、介護保険と併用できる場合、できない場合があるので、こちらも確認しておくといいでしょう。
まとめ
「介護リフォーム」を考える場合、いちばん難しいのは、工事を行うか行わないかの見極めです。
タイミングを間違うと、せっかくのリフォームが無駄になるどころか、家族の負担になってしまいます。
失敗を避けるためには、まず、家の中で介護リフォームが必要な場所を把握しておくこと。
そして普段から家族の健康状態をチェックしておくことでしょう。
とはいえ、「今は健康だけど、突然、介護が必要になったら……」という不安もあるかと思います。
ただ、問題が起きた時、「どこをどうリフォームすればいいのか」がわかっていれば、ケアマネジャー(介護支援専門員。
要介護者や要支援者が介護保険サービスを受けられるよう、ケアプランの作成や市町村・サービス事業者との調整を行う)や建築会社との相談もスムーズに運びます。
また、高齢者向けのリフォームやリノベーションは「介護目的」だけではではありません。
室内の壁を好きな色やデザインにする、照明を明るいものに替える、趣味が楽しめる仕様にすることも、高齢の家族が住み慣れた家で、気持ちよく暮らすためには大切です。
まだ「要介護のリフォーム」が求められているのでなければ、まずは床をフラットにするなど、一般的な老化に対するリフォームを始めてみてはいかがでしょう。
家族が高齢になると、足元がおぼつかなくなることを考え、元気なうちにと200万円以上かけて家の床を段差のないバリアフリーにリフォーム。ところが、母親が急に認知症を発症。徘徊がひどく、自宅介護が困難となったため、介護付き老人ホームに入所することに。備えあれば患いなしと行ったリフォームが、まったく無駄になってしまった。